陽光になりたい

「やめろ!やめてくれ、いいよ!自分で出せるから」・・・痰の吸引実施時に患者10人中8人はこうして拒否の言動や行動がみられる。言葉や行動で表現できない患者は涙を流して苦痛を訴える。看護師は元は患者のニーズを最大限に叶えるために仕事をしているはずなのだが、治療の上では患者の意思に反した処置や行為を患者のためにと言ってこちらも嫌なことをしてごめんなさい、本当にごめんなさいと謝りながらやらなければならない場面も多くあるのだ。

B氏は肺の末期癌を患っており、痰が多く吸引が必要だった。吸引しようとすると口を閉ざし首を横に振るう。そのうちに私の腕や吸引チューブまで掴んで離さず、鬼のような眼光で私を睨みつけた。私は今でもその顔を忘れられない。そのうちに徐々にB氏の様態は悪化をきたしてきた。B氏より「家に帰りたい」という言葉が聞かれるようになり、予後は長くないであろうと予測されたB氏の願いを叶えるため、外泊や一時帰宅が可能であるかという検討がカンファレンスで話し合われた。自宅と病院の距離は10分程度だが、臥床生活が長く座位保持耐久性の難しさからリクライニングタイプの車椅子の使用が決まった。

移乗後に起こる身体的変化の観察のため、チームの協力の元、リクライニングの車椅子に移乗してみる練習を始めた。練習当日、プライマリーを中心に私とチームナースの3人でB氏の身体の下にバスタオルを敷き込み「せーの」でベッドからリクライニングに移乗させた。酸素投与2Lを中央配管からボンベび替えしばらく様子を見たが血圧や酸素化の変動はなく経過していた。いつものようにB氏の自力体動や発語もなくただじっとしていた。私は「せっかく車椅子に乗ってみたのだし、天気がいいからテラスに出てみませんか」と提案し、病室からテラスの前まで来た。

B氏にとって病室から出るのは数か月ぶり。12月の割には暖かい日だったが風が強いのでテラスに出ることは控えた。そうは言っても、外気に触れるのは久々なので少しだけ、と考え窓を開けてみた。やや強めではあったが外からの風はB氏の髪を揺らした。B氏は目を開けて風が吹いている方を見た。「やっぱり寒いかな」と言ってドアは閉められた。テラスはエレベーターホールに面していてそこは壁半面がガラス張りとなっている。ちょうどガラス越しに太陽の光が射し込み冬の冷たい空気を暖かく変え心地よい空間となった。「Bさんどうですか?大丈夫ですか?」と看護師が声をかけるがB氏からの返答はなく穏やかな表情が見えた。

その数秒後その行動は突然だった。B氏は両腕を頭の上に伸ばし、鼻から空気を吸い込み肺癌に侵された胸を大きく膨らまして、ゆ~っくりと大きな伸びをした。その姿は見ている私も気持ちよくなる程、自然な動きだった。B氏はそのまま伸ばした腕をお腹の上に置き、リクライニングに身を委ねた。「SpO2は?」「98%あります」私は小さな声で医師の酸素化指示に基づき「酸素1Lに下げてみて」とプライマリーに言った。そのまま1Lで様子を見て数分後「どう?」「変わりません!」私はやったー!と心の中で叫んだ。

コンサバトリーとはまるで別物であるが、B氏が過ごしたエレベーターホールは冬の陽光で満たされた空間で、ぽかぽかと穏やかな時間が流れていた。私はその場面を振り、返り、北風と太陽の物語を思い出した。自力での痰喀出困難な患者に対して気道清浄化を図るため、嫌がる患者を説得して吸引を強行する行為は、生命維持や病状回復のためには必要な行為ではあるのだが、それは旅人のコートを強い風で吹き飛ばそうとする北風に近いのではないかと考えた。吸引や酸素投与を行わなければSPO2が低下してしまうB氏が、極々自然に普通に伸びをして胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込みゆっくりと吐いた。その行動は太陽の暖かさだと思った。

エレベーターホールで過ごすB氏の後ろ姿を見ながら、私は患者を包み込み患者の予備力を引き出す事ができる、暖かく優しい陽光のような看護師になりたいと心から思った。そして今後看護師として経験を重ねる上で「自分の看護は陽光の様であるか?と自問自答しながら軌道修正していこう」という今後の自分の看護の軸を、このB氏との看護の中で見つけることができた。

(3年目看護師 井口Ns/きらり看護発表会より)

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